揖保川 (いぼがわ)


 揖保川が生んだ旨いものが二つある。

 一つは、もちろん素麺だ。川の名を冠した手延そうめん「揖保乃糸」である。

 昔からそうめんが大好きで、夏休みに甲子園を見ながらこれを啜るのは堪えられない。


 粋に仕上げるにはコツがある。

 昔は茹でる途中で差し水をしたものだが、どうやら味には関係ないらしい。

 沸騰したら、吹きこぼれない程度の火力にして、数十秒程で茹であがり。

 ここからがポイントで、かつ自己流だが、そうめんを洗いの料理と考え、

 夏のごちそう鱸や鯒の洗いと同じように、冷水でキリッと締めるのだ。

 熊本は阿蘇山のおかげで、世界でも稀にみる地下水100%の水の都だが、

 水道水は締めるほど冷たくないし、冷蔵庫に氷がふんだんに入っているわけでもない。

 そこで、おもむろに茹で上がりのそうめんを笊ごと風呂場へ持っていき、

 蛇口に親指を当てて勢いよく水を出し、そうめんを洗うのである。

 水温の代わりに水圧で締めるのだ。

 あとは水を張って氷を浮かべた器に、そうめんを泳がせる。

 暑さをしのぎ、涼を誘う、夏の粋な食べものだろう。


 播州でそうめん作りが始まったのは江戸時代に遡る。

 三輪そうめんの大和から技術が伝わり、農家の冬の副業として生産が始まった。

 播州平野でとれる良質の小麦、赤穂の塩、揖保川の水など、地元に原料が揃っていたことから、

 日本有数の産地として発展し、今では全国の約4割が揖保川流域で作られているとのことだ。



 もうひとつの旨いものは、関西料理に欠かせない淡口醤油だ。

 龍野が発祥の地であり、揖保川沿いに工場が建ち並んでいる。


 鉄分が多い水を使うと醤油の色は濃くなってしまう。また、軟水の方が昆布や鰹節のだし成分を多く抽出する。

 鉄分が非常に少ない軟水である揖保川の伏流水は、だし味を生かす関西料理や京料理に不可欠な淡口醤油の

 材料としてピッタリだったというわけだ。